神奈川県立博物館での「縄文と弥生ー時代と文化の転機を生きた人々」を訪問しました。
関東地方・中部高地域の遺跡数については、縄文後期から減少し、晩期には激減しています。この時代を生きた人たちが、寒冷化する気候変動にどのように適応したのか、その暮らしから手がかりを探る探訪でした。
※ 解散後に関内・日本海庄やにて会費制忘年会を開催しました。
国立歴史民俗博物館の開館以来はじめて、第一展示室「先史・古代」の展示が大きく見直しされ、今年3月にリニューアルオープンしました! 藤沢駅で待ち合わせて鉄道の旅となりました。
ようやく散策に快適な季節となりました。茅ヶ崎で行われている、旧相模川橋脚、現地説明会に一同参加してきました。詳細レポートは会報159号に掲載予定です!
三国志展へ!上野東京国立博物館の正門では秋晴れ蒼天でしたが、あいにくの台風15号接近に伴い、参加者が非常に少なく5名での催行となりました。詳細見学記については、12月20日発行予定の会報157号に掲載します。
ようやく関東に梅雨明けと陽射しが訪れました。8月は勉強会として、湘南エリアに残された古墳群について、葉山町教育委員会の山口氏にご発表いただきました。湘南での古墳探訪にとって貴重な話題でした。
6月の発掘された日本列島展に続いて、「発掘された関東の遺跡2019」発表会があり列島展2019の見どころについても解説がありました。
恒例の「発掘された日本列島展」が始まりました。同好会有志で、全国から選りすぐりの12遺跡473点の速報展を見学しました。
今年の見学ポイントを2つあります。まず「福島の復旧復興と埋蔵文化財」としての7遺跡の調査があります。古来より海の道、陸の道が交差する福島の浜通り地域が重点的に紹介されています。
また、地域展として構成される「道灌が見た南武蔵」では、太田道灌の活躍した時期のうち、これまで史料に乏しかった期間、長禄元年(1457年)とされる江戸城築城とその前後について、近年の調査から辿ることができます。
[ 文化庁文化財調査官による解説 ]
会期中の毎週土曜日・日曜日、祝日、
1回目:10時30分から、2回目:14時30分から(各回40分程度)
◽️東京の会期7月21日(日)まで。
開館時間は9:30〜17:30、土曜は19:30まで、
7月19日(金)は21:00まで。
◽️その後の巡回先は・・・
・花巻市博物館
・三内丸山遺跡センター
・名古屋市博物館
・大野城心のふるさと館
太田道灌展は巡回なしです。ぜひ江戸博で。
江の島でモース研究会主催の第34回モース祭が開催され、記念講演会では湘南考古学同好会会長の寺田が講演しましました。
大森貝塚の発見者として有名なモースは、シャミセンガイ採集のために明治10年(1877)に来日し、江の島に臨海実験所をつくりました。これをきっかけにモースは東京大学の初代動物学教授となり、その後の日本の生物学・人類学・考古学の分野に大きな足跡を残しています。
彼の当初の来日目的はシャミセンガイでしたが、大森貝塚発見についても一説によれば江の島へ往復するにあたり、新橋・横浜間の汽車に乗車している時に車窓から発見したなど、ユニークなエピソードが多数伝えられています。
◼️第一部:モース記念碑 碑前祭
日 程 令和元年 6月1日土曜日、10時より10時30分まで
会 場 江の島北緑地 モース記念碑前
(江の島大橋を渡ってすぐ左手、オリンピック記念公園内)
◼️第二部:記念講演会・交流昼食会
講演会演題「江の島遺跡とモース 〜モース祭にそえて〜」
講 師 寺田兼方 湘南考古学同好会会長
時 間 11時より11時50分(講演)、12時より(昼食会)
会 場 江の島アイランドスパ 4階グリル
(藤沢市江の島2-1-6)
資料代 500円
昼食会会費 2500円
平成31年度の定例総会を開催しました。総会後の若手研究者を囲む考古学勉強会にも多数のご来場をいただき、おかげさまで盛会となりました。
◼️定例総会
【第一部】 平成31年度 定期総会:受付13時15分より
総会議事
【第二部】 第13回 若手研究者を囲む勉強会
演題:「弥生時代後期の東海系土器の研究」
発表:成澤 亮氏
3月は地元村岡地区の史跡探訪では、鎌倉を守った城址巡りです!
村岡城址は平良文の居城があったと言われ、公園内にその城址碑があります。また村岡城の東北の位置には、玉縄城主だった北条氏時が創建した二伝寺(にでんじ)があります。当時、玉縄城からは尾根続きで鎌倉街道沿いであり、玉縄城の出城の役目があったと見られます。
まだまだ北風が冷たく、外歩きには向かないお天気が続く時期でしたが、
恒例となった県立博物館での「かながわの遺跡展」を訪問しました。
縄文前期の終わり頃、河川が内陸部から運んできた土砂が沿岸部に安定的に堆積するようになり、そこにあらたな土地が現れはじめ、縄文時代中期に海岸線が後退に転じてからは、あらたな土地はそれまでの海の底にあった場所にも次第に広がっていきました。本展で取り上げる「砂丘」や「砂嘴(さし)」に残された遺跡は、このあらたな土地に立った人々の足跡です
今年度は藤沢市遺跡調査として5件の発表があり、発表会の後には、藤沢駅ルミネの市民ギャラリーにて開催中の「藤沢市遺跡調査発表」を見学しました。